子曰く、君子は義に喩り、小人は利に喩る。

近年、物余りの時代と言われるようになって久しいが、最近薄型テレビのシェアがブラウン管テレビと比べてようやく50%を超えたという発表をつい最近目にした。それはいわゆるブラウン管テレビを視聴していた人が薄型テレビに買い換えたと言う事に他ならないと考えられる。
今まで見ていたテレビが、壊れてもおらずまだ映るというのに新しいテレビに買い換えるという行動を起こすには、やはり理由が必要であろう。実際に購入すると決めた人の理由は「画面が綺麗だから」や「消費電力が少なくて省エネだから」そして「場所をとらないから」などの話しを聞くことが多いような気する。加えて国家的にも総務省と「つよしくん」が一生懸命コマーシャルしているが、2011年7月24日にアナログ放送が終了しデジタル放送へ切り替わるので買い換えなければいけないという政策や景気浮揚策としてのエコポイントもあってそれなりにお得感があるというのも大きな要因であると言う事もいえないではないが、最近では地デジチューナーも5000円位から手に入るようになってきたし、エコポイントは購入しなければもともとないものであるから。絶対的な理由ではないと思う。
このようにテレビを見るという基本機能がより良く進化したことにより、新しい新機種が欲しくて買い換えるという行動を起こすことの理由に、家族団らんという意味で大きな薄型テレビがリビングにありみんなで楽しく放送を見るという、お父さんお母さんの自己満足から発生した心の充足を求めた結果といえるのかもしれない。それは家電製品の中でもテレビはそれだけ存在感や重要度が高いという事であろう。
かたや一方では一時代に三種の神器として一世を風靡した冷蔵庫や洗濯機は、便利な機能が付いたからとか、新製品が出たからなどで買い換えるというのは余り聞かない。買い換えるとすれば、壊れたとか調子が悪いとか経年変化で古くなったものをただ買い換えるという意識のほうが強いのかもしれない。そもそも「冷やす」「洗う」という機能には新しい機能は付けづらいと思うから、だいたいにおいてコマーシャルを見ても、省エネや静かさ、大きさといった事が選択肢と上げられているようである。
そう考えるとテレビも「放送が見える」という基本機能に絞れば買い換える理由は、前出の心の満足になってしまうのかもしれない。
また携帯電話は近年新しい時代が生まれたと言ってよいほどの革命をおこし普及を始めたが、その後はやはり家電と同じく基本機能はそのままに、他の製品の基本機能を取り込んで進化を続け買い替えを促し続けていると思う。そこには購入者が新しい携帯電話の機能を手に入れるという満足感や、新しい機種を所持していると言う自己満足もあり、しかも持って歩く製品だけに他人へ対する顕示欲や見栄も要因に含まれているように感じる。
これらの事を考えると、現在のような物余りの時代での買換え需要ということには心の充足が大きく関係していると考えられるのはないか。
しかし重要な事は本来の心の充足と言うのはこのように何か買う事による自己満足や見栄と言うものではなく、誰かから自分が「認められていることや」また「気に掛けてもらっている」などの、人と人との関わりの中から生まれる安心感や期待感から得られる心の充足が重要ではないかということであるが、今の世の中では人と人の関わりが薄れて、お金を使うことで、誰もが偽りの心の充足感を購入しているように思えるのである。
テレビを買い換えるおコストを、たとえば夫婦の実家への里帰りを増やして親子の絆を深めたり、もっと時間をかけずに実家への電話の回数を増やしたり、プレゼントを贈ったりという本来の心の充足感を満たすことに時間やお金を掛けたりしてもいいのではないかと思う。
また、違った見方をすればテレビを買い換えて団欒する事で、子どもや奥様との家族の会話を増やしたり、冷蔵庫洗濯機を買い換えることで奥様の満足感を得てコミュニケーションを高めたような気になるという、誤った認識なのかもしれません。
本当に親子や夫婦の会話を増やして家族の信頼を高めようとしたらテレビは必要ありませんし、逆にまったく邪魔な存在と言えるかもしれません。テレビも何もない状態であれば、少なからず会話は増えると思います。台風直撃で停電が何日も続くような環境下では会話は増えるものなのです。ましてや奥様に新しい洗濯機を買うことで夫婦の信頼を高めるよりも、夫婦の会話の時間を増やして満足を与えたほうが夫婦の信頼関係もより深まるのではないかと思います。