子曰く、賢を見ては齊しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みるなり。
蕎麦打ちが趣味で、返しからお手製で作っているのだが、つゆの味は長い間試行錯誤を繰り返しているが、最近初めて判ったことは長崎の醤油はすごく力強い味がすることである。
そもそも醤油が一般に普及してきたのは江戸時代といわれているが、とくに関東は濃い口醤油が発展してきたために江戸のそばつゆは辛めである。蕎麦の先にチョッとつけてすするぐらいでちょうど良いとされている。
日本最古の醤油は和歌山県湯浅の湯浅醤油が1234年に金山寺味噌の製造工程で生まれる上澄みを料理に使ったのが始まりという説が一般的である。
もともと長崎は日本が鎖国の時代に出島から醤油が輸出されていたことが、長崎の醤油の発展に寄与していると思う。そのころは波佐見焼の染付白磁の徳利形の瓶「コンプラ瓶」で輸出していたそうだが年間40万本が出荷されていたというから結構な量である。今もチョーコー醤油には「金富良醤油」として昔ながらの醤油が生産されている。
現在日本の醤油メーカーは2000社ほどあるが、千葉のキッコーマン、ヤマサ、ヒゲタと兵庫のヒガシマル、香川のマルキン5社で全体の50%のシェアを持つといわれている。が、ほとんどはスーパーに並んでいる一般消費用の醤油である。九州にはニビシ・フンドーキン等があり熊本にはフンドーダイ・ヤマア・ホシサンとある。
全国の醤油を見てみるとキッコーマンを代表として醤油には「亀甲」を使用した名前が多いことに気がつく。そこで醤油の歴史を調べてみたが、最初に亀甲マークを使った最古の醤油製造元は1668年創業の茨城県の柴沼醤油が初めてで、それは土浦藩のお抱えであった柴沼醤油が土浦城のお堀の形状が六角形(亀の甲羅状)で「亀城」と呼ばれていたため土浦藩のお城の印として「亀甲」を使用したと言われている。その後、江戸で味の良い醤油として「親しまれていた土浦藩の醤油のまねをして「亀甲」を使う醤油が増えて、六角形は醤油の代名詞となったようだ。
では、土浦藩はなぜお堀の形状を六角形にしたのであろうか、「鶴は千年亀は万年」と亀は昔から鶴と並んでめでたい動物とされている事は周知の事実だが、亀は易学においては「玄武」とされ、北方を鎮護する霊獣としても尊重された。日本には、海亀が卵を産んで海に帰るときに酒を飲ませて帰すというように。亀がめでたい動物で、海の化身と考えられていたようだ。そのために家紋のなかで亀甲紋が格別な扱いをされているのはそのためで、戦国時代では、多くの戦国武将や武家が亀甲紋を用いていた。当然ながら戦国時代に紀乃国の湯浅も亀甲紋である。
そうなにだ!キッコーマンは亀甲万(亀は万年)で付いたのかも知れない・・・・と思ったら、本当にそうだった。
千葉にある香取神社の氏子さんが醤油造りを始めるときに香取神社の神紋が亀甲紋様なのと亀は万年で”萬”を入れたそうである。ちなみにケチャップのカゴメも「籠目」「かごの目」で六角形だということがわかった。しかし、出雲大社も厳島大社も香取神社も亀甲紋が知られているが、日本の北方の護り神で「玄武」即ち亀を守り神として亀甲紋を用いてるようである。
醤油一つをとっても、歴史がありその歴史を代々継承してきて始めて一般的なものになることが改めて理解することが出来た。
