子曰く、士、道に志して、

子曰く、士、道に志して、惡衣惡食を恥ずる者は、未だ與に議るに足らざるなり。

今年は昨年から手がけてきた新商品「WhySo-?カード」を本格的に販売していく事もあり、「宮路嶽神社」に参拝しようと思って午後から出かけてみた。宮路嶽神社」は開運、商売繁盛の神様で、ここ数年来は宮地嶽に願を掛けるとヒットするとの事で、多くの芸能人も参拝しているという。

 

1000円高速を下りて同乗者のナビ子ちゃんの指示にしたがって到着したが、さすがに参拝者が多い。こんな不景気だから商売繁盛の神様は「人気だなぁ・・・仕方がない」と思ってゆっくり順番を待つ事にする。

 

待つ事小一時間、ようやく駐車場に着いたが、場所が無い。こまったぞ・・・・・と、うろうろしていたら境内の外回りに大きな楠があり、一台分の場所がある。ようやく止める事が出来た。

 

最初に目につくのはとにかく「でかい」日本一の注連縄である。近くで見るとますますでかい。ホエーーーッ。。。

 

またまた並びに並んで、千円札を、お賽銭箱へ投入。今日はお願いの為に来たのであるから奮発しなければ・・・

 

せっかくきたので神社の横手に回ると、奥の宮八社と民家村自然広苑が目について、さてどちらに行こうかと思案したが今日は民家村のほうへ行ってみることにする。

 道を下ること2~3分。。。菖蒲の池端を歩いていくと昔ながらの巨大な藁葺屋根が見えてくる。こんな雰囲気やたたずまいは特に好みである。中に入ってみると、当たり前のように床に囲炉裏がきってあり、巨大な梁から自在鉤が下がっている風景。レトロだな~。

 

入ってすぐの広い土間にはかまどもあり。縁側には木臼や粉引きの石臼もある。きっと昔の生活は、日が昇るのと同時に朝早く起きて戸外の井戸で冷たい地下水で顔を洗い。畑や田んぼに野良仕事に出かける。夕刻早めに帰り、収穫した米、麦、粟、稗、蕎麦を石臼で挽き、練ったり炊いたりし、床の囲炉裏で提灯の明かりを頼りに焼いたり煮たりしたのであろう。どの家庭にも当たり前のように石臼や木臼があって当たり前に使って食事を作る。考えてみれば、人間として一番健康的なのかもしれないなぁ~と思ってしまう。

 

自給自足が基本で、自分のところでは作ったり採れない、着物や魚を手にいれるために、自分で作ったものを売ったり交換して毎日の生活を送る時代。しかし電気が発明され便利な生活用具が作られ、それを買うためにより多くの収穫を望み、便利な生活が当たり前となり、余裕があればより旨いものを食べたいと思う。

 

そうしてより多くの収入を望んで行く・・・・・・。

 

自分の体や環境を壊すためにお金を使い、それらを健康に戻すためにまたお金を使っているような・・・・・

 

現在、昔ながらの手打ち蕎麦が贅沢な食材になってしまった。・・・反省である。

 

 

 

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